☆よろしくっ!☆

2017年10月4日水曜日

てんいちの日 天下一品図書館通り南栄町店

このお店もオープンしてからはや一年ですね。昨年はちょうどオープン時期と天一の日の時期が重なっていて、オープンしたての店舗だったのでてんいちの日イベントはやってなかったのですね。しかし今年はちゃんとやってくれるということで、満を期してラーメン無料券をもらいに行きました。

この天下一品祭り、ラーメンを食べるとラーメン無料券がもれなく貰えるのは10月1日、てんいちの日だけで、後の日は「こってりラーメンキーホルダー」とか「ラーメンライス スマホスタンド」とかのガラクタグッズが当たるくじ引きということのようです。昔はラーメンどんぶりとか結構目ぼしい賞品も当たるようだったのですが、こんなガラクタグッズではあまり食指がわきません。むしろ、「後祭り スタンプキャンペーン」とやらのほうが面白そうです。こちらは10個あつめればミニどんぶりか、ラーメン無料券になるようで、まあ無料券の期限(12/20まで)を考慮に入れるとだいぶ期間が短く厳しいですが、役に立たないガラクタグッズをもらうよりはだいぶマシですね。
てなわけで、これから天下一品に行こうという方は、10月10日を過ぎてからにすると良さそうです。

尾張旭市の天下一品と言えば県下髄一の味と謳われたあの伝説の名店を思い起こしますが、 2015年あたりにいつのまにか閉店してしまいました。あの名店が閉店した以降は、直営店ではなく余計なフランチャイズ会社「大塚フーズ」が一枚噛んだ、味も値段もイマイチな栄店錦店守山国道19号線店の3店と、一時期は尾張旭店にも並ぶ美味さとも言われたが、尾張旭店が閉店してしまう前後あたりから急激にスープ濃度を落としてしまった、名古屋市内では現存する唯一の直営店である熱田店に頼らざるを得なくなってしまいました。
そうして、名古屋界隈の天下一品暗黒時代が続くのですが、昨年、尾張旭市にまた天下一品が出来る、しかも大塚フーズ絡みではない直営店と聞いて、期待に胸躍らせたものでした。
オープン当初も実は食べに行ったのですが、その頃はあの伝説の尾張旭店の復活か!?と思わせるほどの濃厚スープが楽しめたのですが、しかしほどなくして、一年足らずの間にこちらのお店もだんだんとスープ濃度が落ちてきてしまった気がするのです。やはり、あの伝説の名店に迫るクオリティの天下一品は、そうおいそれと味わうことが出来ないのでしょうか。無常な世の中です。
さて、今日のお味はどうでしょうかね・・・


天下一品 こってり 並 ¥720

かつての尾張旭店は並で680円だったんですがね。値上がりしたのは大塚フーズのせいではなくて、直営店もなのですかね。ちょっと残念ですね。
お味のほうは・・・うーん、明らかに栄とかの大塚フーズ店のような変にざらざらした、どこかよそよそしい味とは違って、ふわっとした浮遊感を伴いながらストレートに心に訴えかけてくれる、直営店らしい味、ではあるのですが、 いかんせんやはり濃度がちょっと薄いですねえ。
せっかく基本の味そのものは良い線行ってるのだから、濃度の部分でケチらないで欲しかったかなあ。
惜しい。もったいない。
 いや、もしかしてこれがマニュアルどおりの配分で、かつての伝説の尾張旭店はひょっとして、本部のマニュアルよりも濃度を濃くしていたのだろうか。その可能性は充分にある。
しかし、そっちのほうが美味いのだから、むしろ本部のマニュアルをそっちの美味いほうに変えてくれてもいいのにと思う。
俺は実際、京都の本店に行って食べたことがないから、本家大本の味がどのようなものなのか、わからない。わからないが、おそらくこの図書館通り南栄町店よりはもうすこし、どっしりとしたボディのあるスープが味わえるのではないかと予想する。実際のところ、食べ比べたことのある人の意見を聞きたいところではあります。
まあこの南栄町店、おおよそ、現在の熱田店と同じくらいの濃度なんじゃないかなあ。勿論、大塚フーズ系列とは比べるべくもなく、味は間違いなくこちらのほうが上です。 上ですが、なんだかねえ。。。

まあしかし、それでも、腐っても天一。天下一品
巷に溢れる、時流に乗っただけの軽薄な凡百の「鶏ぱいたん」 ラーメンなどには及びも付かない、しっかりと芯のある味わいです。ほら、千種にあったとか、栄のら・けいこの近くにあった壱の介とか、ああいう中身のない軽薄な鶏ぱいたんラーメンって俺嫌いだったんですよね。案の上、ブームも下火になって両方ともつぶれちゃったじゃないですか。いい気味です。一宮とか名古屋各所にある鶏神とかいうやつは未だしぶとく生き残ってるのかな。あれもなんだか、歌志軒の鶏ぱいたん版みたいな感じがしていやらしいですよね。
ああいった、軽薄で中身のない鶏ぱいたんと違って、この天下一品は「鶏白湯」などという言葉が生まれるはるかずっと昔から、この濃厚な鶏スープを提供しつづけているのですね。年季がまるで違う。
そのずっしりとした伝統の味を、この南栄町店も一応ちゃんと受け継いではいます。まあ、あの伝説の尾張旭店を期待するからどうしても拍子抜けしちゃうわけで、そういう先入観なしで食べたら、これでも充分、濃厚で美味しい鶏白湯ラーメンです。そこんとこはしっかりと強調しときたいと思います。



美味しく食べた後は晴れて、ラーメン無料券をGet!
あっ、なんだかシリアル番号みたいなのが書いてありますが、一応念のため、画像のは元の番号がわからないようにシャッフル加工しときましたからね。まあこんな番号から俺の身元がばれることなんか無いとは思いますけどね。念のためです。
11月30日までとのことで、意外と期間が短いです。これ使って、今度はどこに食べに行こうかなあ。同じ南栄町店でもいいけど、まだ行った事ない店もあるしなあ。岐阜のサラマンカホールの横にある店もなかなかどうして美味いけど、あんな場所にはなかなか行く機会もないしなあ。
皆さんお勧めの天下一品があれば、是非とも教えてください。


今日の評価は:  ★★★★  4、です。


いやあ、かつての尾張旭店なら★★★★★★★7~★★★★★★★★8 くらいは余裕で行くのですけどね。でも、それでも天下一品の良さはちゃんと保持しているし、大塚フーズ系の栄店なんかよりは大分満足度が高いです。


あのはるかぜちゃん春名風花)も大好きな天下一品。



余談ですが、はるかぜちゃん、もう16歳ですが、大分劣化しちゃいましたよね。
先日テレビにも出ていたようですが・・・


天下一品 図書館通り南栄町店
尾張旭市南栄町旭ヶ丘64-6
営業時間 11:00~24:00
定休日:なし

2017年10月3日火曜日

吉野家 豚丼 並

ここ近年、東京勢の名古屋駅出店が多くなってきていますね。ビルヂングのけいすけは大コケしたけども、「煮干ラーメン 凪」や「ソラノイロ」なんかは連日行列のようでなによりです。尤も「ソラノイロ」は東京駅一番街にあり、 凪にいたっては新宿バスタからほど近い新宿ゴールデン街の中にあって、しかも24時間営業ときています。どちらも、高速バスユーザーにとっては割合アクセサブルで、東京を通った時にでもついでに寄って食べればいいわけで、 わざわざ名古屋に居ながらクソ長い行列に並ばなくてもいいわけです。そもそも、俺は人を待たせるのはいいけれども人に待たされるのは嫌いなので、あまり興味も湧かないのであります。
しかし、「立川マシマシ9号店」、こちらに関してはちょっと事情が異なります。いくら話題の新店は横目でスルーして、落ち着いて客が居なくなった頃にふらっと行く、のがスタンスの俺としても、やはり既存の二郎もどき系のラーメンに失望させられている身としては、新たな二郎もどき(二郎そのものではないにしろ)ラーメンには淡い期待を寄せてしまうものです。それに、ネットでいろいろ出てくるこんな画像こういった記事を見てしまうと、これは俺の普段のスタンスを覆してでも食べに行きたい、と思わずには居られなくなってしまうのです。

‥‥そんなワケで、名古屋駅でJRから地下鉄に乗り換えるついでに、寄ってみようかなあと思った次第でありますが・・・・



ありゃりゃ、こりゃ結構並んでますなあ。いや、これでも減ったほうなのかな?一時期は25人超並んでたというから、たかがラーメンに、正気の沙汰ではありませんね。

前から見た図。



こうやって見ると、行列というより、「人だかり」ですね。なんなんだろ、この退廃的な感じは。一時期話題になった「きんもーっ☆」を思い出しますね。
面白いので接写してみました☆




いわゆる典型的なピザブスBBAに、アホ面をしたひょろ眼鏡のカップル。あれかな、食べきれなかったらこの女に残りを食べてもらおうという魂胆でしょうか。





みんな仲良くスマホいぢり。公衆の場でスマホいじってる姿って、こんなにもアホに見えるんですね。だから俺スマホ嫌いなんですよ。買う気もしないし、使う気もしない。スマホつかってるだけで、人間の程度が低い気がするんですよね。多分、中毒みたいになってしまっていて、もはや自分の頭では考えられず、アホ面に見えることなんておかまいなしに欲望のままついついいじってしまうのでしょうね。そう考えると、スマホをいじるのって、性器をいじることと、精神構造としては近い気がします。公衆の面前でオナニーしているわけです。だからアホに見えてしまうのですね。納得。


腕組みなんかしちゃって。ラーメン店主のマネでもしているつもりでしょうか。食べるだけなのにね。



こちらは学生さん達でしょうか。3人ともなんだか、学校でもスクールカースト最底辺なんだろうなあと想像してしまう風貌ですね。いや、人を外見で判断しちゃいけないっていうけれど、単なる風貌だけじゃなくて、漂っているマイナスオーラが見る人をそういう気持ちにさせてしまうのです。
 
いやあ、こうやって間近で見ると面白いですね。この「立川マシマシ」に、並んでまで食べようとする人たちってのは、こういう人たちってことですね。「こういう人たち」がどういう人たちか、ってのは、まあ上手く一言で表せないけど、何となく言いたいことは伝わったでしょうか。
 いくら俺が、スタンスを変えてまででもこの立川マシマシの野菜マシ中ラーメンマシライスを食べてみたい、と思っても、やはり俺自身がこの人たちと同類だと思われるのはイヤなので、並んでまで食べるのはやめにしときました。いつか行列が出来なくなったら、その時また食べに来ることにして、今回のところは、この先の高架下をくぐってほど近いところにある吉野家にでも行って、豚丼でも食べて帰ることにしましょう。





吉野家 豚丼 並

豚丼って、結構前からあるんだと思ってましたが、狂牛病騒動の時に出てから長らく販売していなくて、復活したのは割と最近だったのですね。 まあ、牛丼が鉄板だろうけど、選択肢が多いってのは良いことですからね。

しかも俺には、「吉野家80円引き、はなまるうどん天ぷら無料定期券」がありますからね。これ一つ300円で買えば、昨年と同じはなまるうどんの天ぷら一品無料だけでなく、吉野家でも80円引きになるという、一枚で2度(いや期間中は何度でも使えますよ!)おいしい優れものとなっております。
これ使えば、豚丼¥330が¥250で食べられるんです。

豚丼、いやこれなかなか美味しいですよ。牛丼よりもいくぶん厚切りの肉で、味付けもなんだか家庭的な感じでほっとします。
 勿論、甘辛く味付けたいわゆる帯広豚丼ではありませんが、 誰も「帯広豚丼」だとは言っていないので、「吉野家の豚丼は邪道だ」なんて言う輩は無視しとけばいいのです。これはこれで、紛れも無く美味しい豚丼ですからね。

いやー満足満足。わざわざあんな行列に並んで長時間待たされて、せいぜいモヤシがたくさん乗ってるだけの体に悪いラーメンを750円も出して食うよりも、250円で食べられる、ビタミン、ミネラル、たんぱく質豊富な美味しい豚丼を食べる俺のほうがずっと合理的で、勝ち組です。いや、米の飯って、小麦で出来てる麺類に比べても、炭水化物以外のビタミンミネラル分が豊富なんですよね。できれば極力、米を多く食べたほうが、健康にもいいし、心も満たされるのです。
人間、何か幻想にとりつかれると、合理的な 判断を失うのですね。こういう、新店だからって群がる奴らは、いわばラーメン信仰、新店信仰とでも言うべき宗教に取り付かれて、合理的に考えればもっとよりよい選択肢があるのにもかかわらず、思考停止してしまうのですね。やはりスマホばかりいじっていると考える力が衰えるのではないでしょうか。


今日の評価は : ★★★ 3、です。


 まあ、普通に美味しいですよ。変に、話題のラーメンに並んでまで食べるよりも満足感は大きい。


まあこういう写真のっけると批判を受けるのは目に見えてはいますよ。
でも、これからも時々、こうやって立川マシマシの行列の写真のっけようかなあとも考えます。
なぜなら、こうやってのっけるとみんな嫌がるでしょう。みんな嫌がって行列に並ばなくなったら、そうなったら晴れて俺も並ばずに立川マシマシを食えるわけで、そのためには努力を惜しまないつもりです。みんな俺に写真撮られるのがイヤなら、立川マシマシに並ぶのをやめましょうね。
営業妨害?いや、並びが無かったら食べてみたい、というお客さんは、俺以外にも結構、いるはずですよ、そういうお客を逃さないためにも、無駄な行列は極力、少なくすべきです。




2017年7月24日月曜日

つけ麺 舞 つけそば

まあ、忙しいとは言っても、ラーメンを食べないわけじゃありません。だけれども、忙しい時ってのはその忙し事に心が集中しているので、ラーメンに関しては心ここにあらず、という状態になってしまいます。しかし、デキる男はどんな時も仕事と趣味をちゃんと両立させることが出来るはずです。とすると残念ながら俺はデキない男なのでしょうかね。だから彼女もデキないのですかね。もっとがんばらねばなりません。どうしたらデキる男になれるでしょうか。一つ言えるのはこんなクソブログやってても永遠に彼女はデキないってことですよね。だからといって更新が滞る言い訳になんかなりませんよね。
まあ要するに、心に元気のあるうちは、好きな店ばかりではなくて、色んなお店に行ってみて、好みに合わなかったりしてぶつくさ文句を垂れる気力もあるのですが、いざ忙しくなって心に余裕が無くなると、なんとしてでも旨いラーメンを食べて心に活力を与えないととてもじゃないとやってられない、という事になるわけです。となると、あまり冒険は出来なくて、とんぱーれだの、ら・けいこ系列だの、決まりきったお店ばかりに行くことになってしまいます。勿論、何度行ったってそのたびに美味しいわけですから俺としては文章は書けるのですが、それじゃあみんな読んでてもつまらないよね。だからどうもブログを書く気になれないでいたのです。
といって、どうも最近の名古屋のラーメン事情は停滞気味のようで、やたらと乱立する資本系家系ラーメンもどき(あれ屋号が違うけど大元の会社はどうやら一緒らしいですよ、なんともあこぎな商売ですね)やら時流に乗っただけの鳥ぱいたん、あとは油そば、まぜそばやらばかりで、とてもそそられるお店が無いってのも実情なのですよね。
今現状で目ぼしい店といえば、例の「らーめんHARU」と、以前からずっと話題になってる「生る」と、この「」くらいでしょうか。
「HARU」は場所があまりに微妙だし、他の二つはつけ麺専門店とのことで、つけ麺嫌いな俺としてはこれもあまりそそられるわけではないのですが、まあOPUN(もう死語か)して大分経ってるからそう大変に並んでるわけでもないだろうし、それに夏だしね、と思って来てみました。
つけ麺というものの魅力は、何度も書いていますが、麺と汁の温度差にこそある、と俺は思っています。だから、キンキンに冷えた麺をちゅるっと食べるなら、暑い夏こそが一番だと思うのですね。
しかしこんな暑い中並ぶのもいやだなあ、あんまり並んでたら食わずに帰ろう、と思ったけど、いかにもラーメンで体が出来ていそうなオタク一名と、夏になると増殖してくるようなクソDQNカップル(これももう死語かなあ)一組しか居なかったのでこれ幸いと、後に続くことにしました。

券売機を見て一瞬、あれ、どれがレギュラーメニューなんだろ?と戸惑いました。だって、ここ「つけ麺」舞だろ。つけ麺がメインメニューに違いないのに、つけ麺というボタンがない。ちょっと考えた末、「つけそば ¥780」ってのがレギュラーなんだろうな、と理解しました。
どうして、店名が「つけ麺 舞」なのに、メニューが「つけそば」なんだろう。そのまま「つけ麺」じゃだめなのか?セオリー通り考えたら屋号に使っている呼称をメニューにも使うべきではないのか?だって、別にそば粉を使っているわけでもないだろう。どうして「そば」にしなくちゃなんないのか、その必然性を感じませんでした。
まあ大して別にどうでもいいっちゃどうでもいい事なのですが、戸惑う原因にもなるのになあと、不思議に思いました。



座席には、ご丁寧にも大変にありがたき御高説がつらつらと書き並べ立てられた張り紙が鎮座されて御座いました。なるほど俺たちゃ素人、プロである店主様の有難きご指示に従って食べるのが一番美味しいのでしょうかね。まあでも別にどうだっていいじゃん、とも思います。

1.まずは麺だけで!


これはわかります。別に言われなくても俺はいつもそうしてます。なぜなら、つけ麺は麺と汁の温度差を楽しむもの。いかに麺がキンキンに冷やされているか、それを確かめたくなるわけです。だからわざわざ言われなくたってそうします。

2.つけ汁に麺を軽くつけながらお召し上がりください。


あー。これもわかります。だって、つけ汁に麺をドボンと入れてしまったら、温度差もへったくれも何もありゃしません。本当、そうやってせっかくのつけ麺を台無しにして食べるが名古屋になんと多いことか。これじゃ作る方も悲しくなりますよね。あるいは「どうせ名古屋の客に温度差なんてわかってもらえない」と諦めて、ヌルくマズイつけ麺を出すお店もゴマンとあります。だから俺は特に名古屋のつけ麺屋は信用がならないのですよね。店のせいだけじゃなくて、半分は客のせいでもあるわけです。
まっ、でも俺は絶対にそういう食べ方はしません。これも言われなくたってそうします。

しかし、この下の、

(つけ汁は、新鮮な食材を大量に使用しているので、冷めても美味しく食べられます。)


これは些か巧妙なレトリックだとも言えそうです。確かに、新鮮な食材を大量に使用しているのは事実でしょう。それが嘘だったら景品表示法違反(で合ってたっけ?)になりますね。
しかし、「新鮮じゃない食材は使用しておりません」とは書かれてないのです。つまり、
「新鮮な食材を大量に使用しています。(だけど新鮮じゃない食材も大量に使用してますよ)」という意味にも取れるわけですね。
大量の食品添加物、化学調味料が使用されていないとは言えないというわけです。
このお店がそうだとは断言できません。が、そういう風にこの言い回しを悪用することが出来ちゃうなあ、とは思いました。

ま、ともかく、他にも

わさび(別売り¥20) ← おい、わさびで金とんのかよ!

とか、

残したつけ汁でごはんもの!  ← ちゃっかり追加注文要求してんじゃねーよ!

とか、いろいろありますけど、いちいち言及するのは省略します。




つけそば ¥780


へえっ?これだけ?
しょっぼーっ。麺少なっ。具もなんだか殺風景だし。780円も払ってこんな少量かよ、ずいぶん足元見られてんなあ。
つけ麺って、一般的な傾向として大概、無料で麺増量出来たり、そうでなくても最初から500gだったりとか、要するに麺が主役の食い物なんだから、いわゆる汁のあるラーメンに比べて、麺を多めに食べられるように配慮されているものなんじゃないのか?
どうせスープが少ないんだから、麺だけでも多めに食べないと元が取れないでしょ。つけ麺でこんなショボい量とか、足元見られてるとしか思えない。どうせネットでも雑誌でも話題になってるんだし、ほっといてもお客は勝手に来るでしょ、と胡坐を掻いてでもいるんじゃないだろうか。もちろんそれで釣られてノコノコ来てしまった俺も大概悪いっちゃ悪いんだよね。

さてさきほどの御高説に従いまして、まずは麺だけを食べてみます。
うーん。麺同士がひっついてなかなか離れないぞ。これってひょっとして、ダマっていうやつなんじゃないのか?
よくわからんけど、とにかく麺が全部同じ方向に揃っていてくっ付いていて、ひっぺがすのに一苦労だ。
一本ひっぺがしたらそのとたんに、きれいに揃っていた麺がぐちゃっと壊れて、不様な格好になってしまった。
まあいいや、どうせ高級料亭でもあるまいし、「目で味わう」なんて事は薬にしたくもない。
太さは、つけ麺にしてはかなり細め。小麦の味がするとか香りがするとかどうとかはよくわからんけど、なんだかやたらと塩っ辛い。
あれえっ。まだつけ汁につけてないのに、かなりしょっぱいぞ。何かの間違いじゃないのか?それともこういう仕様なのかなあ。
麺をゆでる工程において、塩分が充分に抜け切ってないのではないかと疑ってしまいます。それとも、スパゲッティの麺みたいに、ゆでるときにわざわざ塩を入れたりするのでしょうかね。よくわかりませんが。
肝心の温度はというと、まあ、60点くらいですかね。キンキンに冷えてるとはお世辞にも言い難いが、ヌルいとまで言うわけではなく、ギリギリ許容範囲。夏だから水道水も温度が上がって、冷やしが甘くなるのは仕方ないのかなあ、とは言いたくないけど。氷を使うとか、もうちょっと冷えるように工夫があるといいのですが、名古屋のお客さんたちは俺と違って、あまりつけ麺に「温度差」という魅力を求めないのでしょうかね。だからこの程度でよしとされるのかもしれません。

次、再び御高説に従いまして、麺の先っちょを汁に浸しまして、温度が平均化しないうちに素早く食べてみます。
うっわ、しょっぱー!おいおいおい、なんじゃこりゃ。さっきの麺だけでもしょっぱいのに、さらにつけ汁がこんなしょっぱいのかよーっ。
試しに汁だけすくって舐めて見る。うーむ、こりゃあ、つけ汁じゃなくて、タレと言っていいレベルのしょっぱさだぞ。それに、ゼラチン質だか脂分だか知らないけど、やたらとぬめぬめしている。だから確かに麺によく絡む。絡みすぎてしょっぱい。
なるほど。御高説張り紙にわざわざあんなふうに書いた理由がわかったぞ。本当に、軽~くちょこっと付ける程度にしないと、しょっぱくて食べられたもんじゃない。濃厚とかそういうんじゃなくて、単純に塩分過多だよなあ、これは。

しかしそれでも、口に入れた瞬間の麺と汁の二重のしょっぱ攻撃の後にふわっと、旨味が抜けていく。あー、なるほどね。こういうのが好きなのねみんな。確かに、これが人気だというのはわかるような気がする。しょっぱさもかなりのもんだけど、旨味もそれに負けず劣らず豊富ですね。こういう、わかりやすくて量的に豊富な旨味ってのは、名古屋の人たちは好きだろうなあとは思いました。強い(strong)というより、豊富な(abundant)という表現のほうがしっくりきますね。強さではなく、量的な多さといった感じ。

だけれども、俺にはなんだかこの旨味、飽きが来るのですよね。
いわゆるこれも「鶏ぱいたん」ってやつなのでしょうか。確かに新鮮な鶏の各部位を、ゼラチンと脂分がギトギトに解け出るまでに煮出した、天然素材由来の旨味には違いないのですが、どうもこの鶏出汁特有のうすら甘ったるい感じが苦手です。
俺は元々鶏ぱいたんはあまり好きではないのです(天下一品を除く)。なぜかというと、俺は豚骨白湯スープこそが好きで、鶏ぱいたんっていうジャンルは豚肉価格が高騰したあたりの時期に急に浮上してきたジャンルだからです。要するに、豚骨の代用品として鶏を使ったけど、それを代用品というイメージを払拭するために、無理やりにでもブームを作ろう、みたいな、なんと言うか業界内でのゴリ押し流行みたいな風潮があったからです。で、まんまと乗せられる客も大概どうかと思うのです。
なぜ俺が唯一、鶏ぱいたんの中で天下一品だけが好きかというと、鶏ぱいたんなんていう言葉が生まれる前からずっとあの味を貫いているからです。決して近年のブームに軽薄に乗った味ではなく、確固とした哲学を感じるからです。
それに比べると、この舞のつけ汁、確かに近年の凡百の鶏ぱいたん屋に比べたら味はそこそこ美味しいですが、それでもやっぱりブームに便乗した日和見主義的軟弱精神を感じずにはいられないのです。
その証拠に、数ある鶏ぱいたんラーメンと同じく、鶏出汁特有のうすら甘ったるさを全面に押し出しています。確かにこれは俺がよく嫌いだと書いてる、砂糖や味醂で出した甘ったるさとは違いますが、それでも飽きが来る大きな要因となっています。
そこに加えて、やはりこのやたらとコテコテしたゼラチン質と脂質。まるで鶏皮をそのまま食べているかのようなコッテリさです。ほら、ちょっと放っておいたらすぐ、表面に透明な膜が出来て固まってしまいました。よほど脂分が多いのでしょうね。
いや、俺鶏皮のコッテリした味は大好きですよ。よく串にさしてグリルで焼いて食べます。だけど、あれはちょっとだけ食べるから旨いのであって、こうやって甘ったるさと一緒に汁に溶け込んで、しょっぱい麺と一緒に食べ続けると、どうしても飽きが早く来てしまいます。(こんなに少量なのに!)
全体として、旨味が濃いには濃いのだけど、その濃さが通り一辺倒で面白くない。喩えて言えば、コンビニとかで売ってる「濃厚チーズスナック」みたいなのあるじゃないですか、ああいう味の濃厚さに共通するものがある。ほら、うまい棒のチーズ味ってあるでしょ、あの味をさらに濃くしたような。
確かに一口目は「うまっ!」と思うんだけど、やっぱりスナック菓子だから通り一遍の味で、最後まで食べる前に飽きてくる。
いや、別にこの「つけ麺 舞」のつけそばがチーズの味がするってわけじゃないですよ。ああいう感じの、濃厚だけど単調で飽きる旨味っていうこと。

うーん、そう考えていくと、もしかして上に書いた、

「新鮮な食材を大量に使用しています。(だけど化学調味料も使用してます)」

ってのが事実なのかもしれない、とまで思えてきてしまう。もちろんグルタミン酸ナトリウムのような、誰にでもバレそうなやつ一辺倒じゃなくて、おそらくたんぱく質加水分化物の類か、リボヌクレオチドとかの核酸系の化学調味料を織り交ぜているような、そんな味に思えてくる。
いや、そう思えるっていうだけで、使っていると断言はできないけれど。申し訳ないけど俺にそこまで的確な味分析の能力はありません。悪しからず。

日和見主義的って言えば、この具材も、思いっきり流行に便乗した内容ですよね。豚レアチャーシューと鶏はむ。あれえっ。これってそっくりそのまんま、紫陽花と同じじゃないかあ。
俺レアチャーシュー嫌いなんですよね。ぶにょぶにょくちゃくちゃで。何が美味しいのかさっぱりわからない。俺はどっちかというと、新谷的な、もっと言うと本郷亭的なとろとろ分厚いチャーシューが好きなんです(別に本郷亭のラーメン自体が好きなわけではない)。ですが近年、特に新しい店では見ることが少なくなって、代わりにうんざりするほど台頭しているのがこのレアチャーシュー。なぜこんなのが流行ってるのか。もうやめてくれよ、って思う。
要するに、これって一見、鮮やかな色合いで見栄えがするから、ってだけの事だと思います。インスタ映えする、ってことですね。スマホ時代特有の妙な風潮。お客が勝手に写真撮って拡散してくれるから、少しでも見栄え良くしようというお店側の魂胆。
要は、お客を宣伝人に仕立てるために、お客に不味いチャーシュー食わす、ってことなんですよね。そしてそんな姑息な手段を、一店舗だけでなく複数店が行って流行しているから、特定の店に対して文句が言えない。本当に姑息。うんざりする。
まっそれでも、鶏はむに関しては、紫陽花よりは多少、マシな味がしたかな。多少、ね。

いやー食べる前から俺にはこれ合わないんじゃないかなと予感してたんですが、案の定ですね。
見た目の鮮やかさと、新鮮な食材云々といった口上による、スマホ時代のネットワークを利用したイメージ戦略。
一口目の旨味の濃さが与える衝撃も、好印象拡散の重要なファクターとなっている。
でも、食べ進めるほどに飽き飽きしてくるこの単調な味は、食べていない人には存外、知らされないままなのである。

でも残念ながら、俺スマホじゃないからねー。だからこんな画質悪い写真しか撮れないんです。
だからこそ、真実の姿が浮かび上がってくるとは思いませんか?


今日の評価は: ★★ 2、です。

まあこれはこれなりで旨いけど、嫌いな味。




唐突に話は逸れますけど、言葉(言語)の持つ機能っていうのは大まかに言って2つに分けられます。即ち一つは論理、もう一つは表現だということになります。explainとexpressionと言えば解りやすいでしょうか。
論理ってのは、○か×か、AかA以外か、1+1はいくつか、というような、正解と不正解がハッキリしている事柄です。デジタルな伝達情報とでも言えばいいでしょうか。他人に100%伝達することが出来る情報。実際的に、プログラミング言語で言い現わせる分野がこの「論理」のほうになります。
そしてもう一つの「表現」という機能は、感情とか、感覚とか、感じとか、そういう説明できない「何か」を、なんとかして言語で説明(に近いことを)しようと努力する「試み」です。こちらの機能は、プログラミング言語では表せず、詩とか絵とか音楽とか、そういう表し方しか出来ない分野です。どう努力したって、必ず情報内容が100パーセント他人に伝わる保証はない、という分野です。
で、味の感想の記述ってのは、もうこれはどうしたって後者にしかなりえません。だから、いくら上手な言葉で言い表そうが、いくら巧妙な手段を使おうが、他人に伝わるという補償はないものです。もはや詩と同じです。だから「詩的表現」と言うのでしょう。そういうわけで、上記のような、「strongというよりはabundant」みたいな、すごく曖昧な言い方しか出来ないわけです。
ところで、人によってはこの後者の「表現」という機能について回る脆さ、不確かさを嫌い、前者の「論理」で説明された記述だけが価値がある、という考えを持つ人もいます。そういう人が所謂「味分析」にこだわる人なのですね。何の材料がどのくらい入っているか、それはデジタルな情報に違いありません。
しかしそのデジタルな情報で味の「感じ」を記述できるかというと、それは無理なわけです。だから「味分析」も結局は味を伝えるのには役に立たないともいえるでしょう。勿論、味の感じを伝える「助け」にはなります。しかしそれなら、もっと詩的な表現、例えば「まったりした」、とか、先ほどの「強いというよりは豊富」、といった言い回しとか、それらも甚だ不完全で曖昧ではあるけれど、味の感じを伝える「助け」にはなるでしょう。
結局、「論理」も「表現」も、どちらの機能もそれなりに役には立つし、完全には役に立たないといえるわけです。とすれば、両方の機能を組み合わせて補填しあって何とかする、というのが、言語によって味を記述することにおいて最善の策だといえるのではないでしょうか。
何が言いたいかというと、「ふわっとした曖昧な表現はやめて味分析しろ」という人と、「味分析なんか何も役に立たない」という人と、どっちも間違っているということです。だって、それぞれ、言語の中の違う機能だけを使おうとしているからです。だから、そんなのでケンカするのはやめたほうがいい、と言いたいのです。
むしろ大事なのは、今自分は言語のどの機能を使って記述しているのか、「論理」なのか「表現」なのか、それらが入り混じっているのか、そこを自覚しながら言語を使うことでしょうね。機能をきちんと使い分ける、それこそが、ラーメンの味を言葉によって記述するための、今のところはベストな方法論なのではないでしょうか。
このあたり色々みんなで議論してみると面白いかもしれません。ご意見ご反論大歓迎です。





汁の底かられんこんが出てきた。美味くも不味くもない、何の変哲も無いごく普通のれんこん。出汁に旨味を与えているとは言い難いし、見栄えにも関係ない。全く持って存在意義不明。


つけ麺 舞 (まい)
愛知県名古屋市熱田区玉の井1-1 ライオンズマンション熱田神宮公園1F
11:30〜14:00
19:30〜22:00
(食材なくなり次第終了)
定休日 水曜日

2017年4月1日土曜日

紫陽花 醤油らぁ麺

俺がブログ書いていない間にも世間のラーメン事情は着実に変化していきます。まあ、絶えず変化するということはその事象が活発であるということの証拠であり、日本有数のラーメン不毛地帯である名古屋にしては、まあ時代的にはまずまずの状況になってきているんじゃないでしょうかね。

俺が最も悲しいと思うのはやはり、なりたけが閉店してしまったことですねー。決して毎日食べたい感じの味ではありませんでしたけど、あのギタギタの背脂まみれのラーメンは、時折ふと急に思い出したように、無性に食べたい欲求に駆られるものです。まるで麻薬中毒患者がモルヒネやヘロインを欲しがるように、強烈な禁断症状に苛まされるのであります。麻薬の場合は、お客の依存度が高まり禁断症状に苛まされるようになるにつれて売人が値段を吊り上げるという手法がしばしば使われますが、なりたけの場合は俺を背脂依存症にするだけしといていきなり忽然と姿を消してしまったので、俺は背脂禁断症状に苛まされるし、なりたけはなりたけで店が無くなってしまったから背脂中毒患者に背脂を売ることも出来ないので、お互いにあまり得をしない状況になってしまいました。せっかくならもうちょっと店を続けて欲しかったです。結構お客入ってたような気がするんだけどねえ。どっかで俺のせいでなりたけが撤退したんだとか言ってる輩もいましたけども、おそらく全くなんの関連も無いと思います。俺も残念に思っているんですから。

その一方で勿論、新しいお店も色々と出来て話題になっていますよね。今トレンドは「つけ麺 舞」なのでしょうか。「生る」も今だに話題に上るようです。「彰庵」(あきらあん、だという説もあったが)はもう古いですかね?元々俺は、あんまりマニア受けばかりして一般人の口に入りづらいラーメンは好きくないのですが、「慈庵」というお店はその最たるものだったわけで、当時から全然興味がありませんでした。なのでその慈庵の劣化版とも言われる彰庵には全くそそられないのです。でもしかし、あまりにガラガラなようだったら可哀想なのでまあそのうち一回くらいは行ってみてもいいかな。
実垂穂」ってのはどうなんだろう。もともと日進の人情屋台でやってた店のようだし。どうせ人情屋台に入ってるような店なんて、酔っ払い客に食べさせるようなしょうもないラーメンでしょう。あるいはそんなイメージがイヤだから独立店舗に移転したっていう説もあるけど、移転したところで味が変わらなきゃしかたがない。人情屋台からの独立っていうと、玉ぐすくという悪い前例もあるのだし(一部では人気だけど俺にはどうしてもあれが美味いと思えない)、どうせ大したことないラーメンなんだろう。と俺は思っていますが、はたしてどうなんでしょう。
豚骨系の旨い新店というのは、やはり聞きませんね。ひかりに匹敵するような重厚な豚骨ラーメンを出す店が新しく出来たら間違いなく繁盛するのに、やはり豚骨はトレンドではないという先入観が強いのでしょうかね。俺に言わせれば、トレンドであろうがなかろうが、すべてのラーメンの中で豚骨ラーメンが一番美味しいのだから、その豚骨ラーメンの中でもとくに美味しいお店を名古屋のアクセサブルな場所に出せば、それだけでまず間違いなくお客が入ると思うんですがね。少なくとも俺は毎日通いますがね。どうして誰もやらないのでしょうか。不思議でなりません。

まあ兎にも角にも栄枯盛衰の激しいラーメンの世界、いかに紫陽花が人気店であろうと、それらの新店のほうに話題が移っている現在、さすがにもう行列も落ち着いて来てるだろうと思って来てみたら、あに図らんや、いまだ相も変わらずの行列。
いや、これでも大分少なくなったほうなのかなあ。以前は曲がり角の向こう側までずらーっと並んでて、ゆうに1時間半は待たされたというから。どうなんでしょう。
しかしそれにしても、わーっと話題になったかと思えばさーっと客が引いてガラガラになってしまうことが多い名古屋のラーメン界において、これだけ継続して行列を作ることが出来るというのは、よっぽど宣伝が上手いのか、それとも名古屋の客が騙されやすいのか、あるいは両方でしょう。
俺も、本当はこんなに並んでたら即、退散するのですが、いやらしいことにこの店、駅から結構歩くのですね。せっかくここまで歩いてきて帰るってのもなんかイヤなので、涙を飲んで並ぶことにしました。俺も大概、店の策略に騙されやすいですね。気づかないうちに名古屋人の悪影響を受けてしまったのでしょうか。ああイヤだ嫌だ。

クリックで拡大

巷ではこの店、つけ麺が人気のようですね。醤油つけ麺、濃厚つけ麺、どっちが人気あるのでしょうか。なんとなく濃厚なつけ麺っていうと、マタオマをパクった没個性的なつけ麺を想像してしまいます。大勝軒の例の濃厚つけ麺が良い例(悪い例)ですね。となると紫陽花の個性が出た味は醤油つけ麺ってことになるのでしょうが、同じ味ならつけ麺よりもラーメンのほうが上だと俺は思っているので、醤油らぁ麺のほうにしました。
下のほうに「麺類は、終日大盛り無料」って書いてあるけど、これって逆の言い方をすれば「麺類は量を減らしても安くなりませんよ」ってことですよね。
大盛無料って、一見するとお得なようにも思えますが、よくよく考えてみるとまるで逆なのです。良心的な店なら、あまり食べられない女性や子供のために、量を少なめにしてその分安くしたメニューが用意されているものです。なるとやのハーフサイズのラーメンとか、新谷のチャーシュー1枚とかがそれですね。
もちろん、そのような良心的設定のある店でなくても、麺を減らしても価格は変わりませんがよろしいですか、とちゃんと明言する店はまともな店だといえるでしょう。ら・けいこ系列とか、東京だと二郎なんかがそうですね。
それらからすると、この紫陽花、一見良心的なように見えて、その実まったく逆なのですね。むしろこの表記に気づかずに大盛にし忘れるのを狙っているかのよう。実際には大盛の量のほうがデフォルトで、それで充分儲けが出るのに、わざわざわかりにくい表記をして客に損をさせようとしているとも言えるのです。
こういう店、この紫陽花に限らず、少なからず存在しますよね。特につけ麺屋とかに。俺はこういうの、コスいと思うのですが、どうでしょうか。




醤油らぁ麺 大盛  ¥730

2種類チャーシュー使って、三つ葉なんか乗せちゃって、一見するとオシャレで小奇麗にまとめたラーメンのようにも思うんですが、非白濁系(清湯って言葉をラーメンに使うのは嫌いなのでそう言うことにしてます)にしてはずいぶんと油がぷかぷかと浮かんでいますね。固形の「脂」ではなくすべて液体の「油」ですね。なんだか、おうちで豚バラ肉の角煮を作ったときの残り汁みたいな見た目ですよね。そのままラーメンの汁なんかにしたらやたらとクドそうな気がするのですがどうなのでしょう。

さあて、お味は。
あっ、これは、なるほど、煮物の残り汁の味だ。
煮物といっても、豚バラ肉の角煮ではなくて、どっちかというと、鶏肉と野菜をたくさん使った、いわゆる筑前煮の残り汁の味ですね。がめ煮とも言いますが。
お母さんに作ってもらった美味しい煮物を食べた後、残った汁にご飯を入れて楽しんだという経験はだれにでもあるでしょう。あれにかなり近い味がする。あれにご飯ではなくて、麺を入れたら、これと同じ味になるんじゃないでしょうか。
もちろん、細部では違うところもある。例えば筑前煮によく入っているごぼう、あれはたぶんこのラーメンには入っていないでしょう。それと、こんにゃくも、多分ダシにはあまり影響を与えないだろうから入っていないと思います。だけども、メニュー表にも書いてあるとおり沢山の鶏と、あとは副材料として昆布とか野菜類、キノコ類なども使ってるだろうし、それらを煮込んで、醤油と味醂で作ったタレで味付けしたら、そりゃあおのずと筑前煮によく似た味になるのは至極必然のことだろうと思います。
なるほどこれは、誰かが言ってたとおり、今は亡き「中カソバ まつ子。」と同系統の味だ。確かに俺も、あの「まつ子」のラーメンに対して「おばあちゃんの作った煮物の汁の味」という感想を書いている。もちろん、あっちの味は、戦前戦後あたりに隆盛を極めた、味の素(化学調味料)をふんだんに使ったおばあちゃん世代の味であり、こっちの紫陽花の味は化学調味料よりも素材の味を生かした、お母さん世代の味であるという違いがある。しかしながら、どちらも昔懐かしい子供時代を思い起こさせるような、郷愁に満ちた味という点では、この「紫陽花」の醤油らぁ麺と「中カソバ まつ子」の味は、かなり類似していると言える。

まあ、良くも悪くも家庭的、庶民的な味っていうことでしょう。
見た目はあっさりしていそうなのに、やたらと醤油っ辛くて、味醂由来であろう甘みも強い。それに、表層を覆うほどの鶏の油が浮かんでいて、クドい。これが煮物の汁だったら、こってりして美味しいのであろうが、ラーメンの汁としてはいささか、品がない。
決して洗練された、完成度の高い味などではない。それなのに多くの人がそういう風に思ってしまうのは、この小奇麗に見せかけたヴィジュアルにだまされているからなのであろう。そこらへんも、味よりもイメージ戦略の上手さというのが表立つように思える。アタマの弱い名古屋の客をイメージ戦略でだますことなど、朝飯前なのであろう。

麺は、一言で言えば、細くて固いきしめん。中細ながら、平べったく作ってある。別にとりたててどうという味ではないけれども、名古屋人にとってはこれまた昔から慣れ親しんだ味(というか形状)を思い起こさせるものなのでしょうか。特に汁と絡みやすいとか、そういうのは感じなかったです。話は逸れますけど、平べったい麺といえば、俺はきしめんよりも秋田の稲庭うどんとか、あるいはイタリアのフェットチーネとかのほうが美味しいと思うのですがみなさんはどうでしょうか。

二種類あるうちのチャーシューの、豚のほうは、いわゆるレアチャーシューというやつなのでしょうか。赤みがかってますね。食感はくちゃくちゃぶにょぶにょで、お世辞にも食べていて気持ちの良い食感ではありません。かといって生肉のような野趣も無し。
鶏のほうは、これはもう完全にいわゆる「鶏はむ」ですね。まあ鶏はむとしては出来の良いほうなのかもしれませんが、鶏はむであることには違いありません。所詮2ch発祥の、素人が考案した調理法。自分の家で作るならこれもまた面白いけど、お金出してプロが作ったやつをわざわざ食べても面白くありません。
やたらと汁の味が濃くて煮物ちっくな割には、豚肉のほうにも鶏はむのほうにも、ほとんど味がついていないので、何だか肩透かし。これが煮物であれば、汁と同じようなこくっとした味が肉にも染みこんでいる筈ですが、どうもこの汁のこってり具合と肉の味の薄さのギャップは、アンバランスで違和感を禁じえない。これはもっとマッチングを考え直したほうがいいんじゃないの?

まあ、とはいえ、色々不満な点があるにせよ、全体的には決して嫌いな味というわけではないです。巷で言われているような、洗練された、あるいは完成度の高い味という風には全く思えなかったけど、こっくりとよく素材の旨味が出た煮物のような、庶民的で美味しい味です。俺はラーメンは洗練よりもインパクト、わかりやすさのほうが大事だと思うので、少なくともやたらと細部にこだわった、わかる人にはわかる的な店よりも好感は持てます。
しかしながら、これが昔からやってるような店構えで、俺ん家から近所にあって、あまり混んでなくて、値段も550円くらいだったら俺もお気に入りのお店になってたかもしれないけども、地下鉄乗り継いでわざわざこんな場所までやってきて、1時間近くも並んでようやく食べられる味がこんな珍しくもなんともない庶民的な味なんだから、どうしたって肩透かしを食らったような気分になってしまう。
味自体は庶民的、家庭的なものなのに、見た目だけ小奇麗にしていかにも今流行りのツウの人向けの洗練されたラーメンっていう雰囲気だけを付加して、そして具体的にどんな方法を取ったかは知らないがともかく上手いことイメージ戦略に乗っかってちゃっかり人気店になっちゃったって感じ。
漫画「ラーメン才遊記」の中に出てくる料理研究家の汐見ようこさんは「ラーメンとは、フェイクですね」と言っている。とすると、この紫陽花の醤油らぁ麺、否むしろ、この紫陽花というお店は、フェイクで塗り固められているのだから、ある意味では最もラーメンたるべきものであるとも言える。しかしながら、フェイクで塗り固めたことによって本質以上にイメージが先行し、異常に人気が沸騰し、結果としてお客が長時間待たされてしまうことになるのだ。
Time is money.時は金なり、である。いくらラーメン自体の値段が¥730だとしても、それを食べるために1時間待たされるのであれば、それだけ余計にお金を払ったのと本質的には同じことなのである。何も大企業の重役さんのみに限った話ではない。時給1000円のフリーアルバイターさんであっても、ラーメンを食べるために並んだ1時間の代わりに働いていたとしたら、まるまる1000円もらえていたはずなのである。つまり1時間並んで730円のラーメンを食べるということは、時給1000円の人にとっては1730円のラーメンを食べるということと本質的に同意義なのである。いくらこの紫陽花のラーメンが美味しいとしたって、1730円もの価値があるとはとうてい思えない。しかも、もっと良い給料をもらっている人にとっては、さらに高いラーメンということになってしまうのだ。
巧妙なイメージ戦略によって本質以上に人気を高騰させ、連日大行列を作り、結果としてお客に高コストを強いることになってしまう。こんな店は、やはりお客に優しい店とは言えまい。自己中心的な、エゴイスティックなラーメン店ということになる。そんなラーメン屋には、もう一度行きたいと思うことは到底、出来ない。


今日の評価は:★★ 2、です。


まあ、決してマズいラーメンではないのだけどね。行列に並ぶのが大っ嫌いな俺としては、評価は下がらざるを得ません。
悪しからずっ。


らぁ麺 紫陽花 あじさい
愛知県名古屋市中川区八剱町4-20-1 コーポ源 1F
火曜日~土曜日
11:30~14:30
18:00~21:00
日曜日
11:30~15:00
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日休み)

2017年3月15日水曜日

R アール 名駅西店 汁なし

ご存知、ら・けいこのHGさん系列のつけ麺汁なし専門店ですね。この店も、つけ麺汁なし嫌いの俺がまあ許せる、数少ないつけ麺汁なし店であります。同じラインナップのお店が千種駅にもありますが、微妙に味が違います。どう違うかはその時々によって違いますが、概ね千種よりも名駅西のほうが麺が旨いというのが俺の見解であります。

もうだいぶしばらく、この店に来ていなかったのですね。1年、いや下手すると2年くらい来て無かったかな。いや、昨年一度、知り合いの女性(彼女じゃないよー)と一緒に来てみたのですが、営業日なのに閉まってました。どうしたことか、と後でネットで見たら、どうやら店長が夜逃げしたとかしないとか。もう潰れるのかと思ったけど店長を変えて?まだ続けているみたいですね。
てなわけで、ここのラーメンはもう少なとも1年強以上は、食べていません。ただでさえ味がコロコロ変わるHG系列のお店、もはやどんな味になっているのか、想像もつきません。まるで新しい店に行くときのあの期待感と不安感が入り混じった新鮮な気分で食べることになります。こういう所は、HGさんのやり方は上手いですよね。客に新鮮な気分を失わせない。

店に着くと、ちゃんと明かりがついている。おお、やってるやってる、良かった。
いやしかし、ずいぶん混んでるなあ。座席は満席で、それどころか待ち客が2~3居る。おいおい、ここってこんなに人気店だったっけ?同系列のしゃんがりらはいまだずいぶんとガラガラなんだけど、立地条件にそう大差があるとも思えないのに、この客入りの差はなんなんだ。これ夜逃げ前と比べてもかなり客が増えたんじゃないの。何がどうなってるのだ。
それに、ただ単に客が増えただけじゃない。なんだか客層が、以前と違うようなのだ。ひとことに言えば、ずいぶん若い。若いって言っても、いかにもオタク風情な男性組から、男女入り混じったリア充的な集団まで、様々なジャンルの人種がいる。なんか男一人で女二人連れたいけすかねーヤサ男もいましたね。まあ女っていっても大して可愛くなくて、会話の内容がTOEICがどうたらこうたらとか言ってたからたぶん大学生くらいなんだろけどその割には妙に顔が老けてる(特に真ん中の女)のであんまり羨ましくはないです。
まあともかく、大学生から20代くらいの客が多い。前はこうじゃなかったのに。もっとスーツの中年男性一人客みたいな人も多かった気がするんだけどなあ。何があったんだろうかね。

俺は、ここはつけ麺が特に好きなのですが、なぜかというと、名古屋の凡百のつけ麺屋と違って、きちんと麺はキンキンに冷えていて、汁は豚脂が浮いていてアツアツに熱されているからです。つけ麺の良さはその温度差を楽しむというところに尽きるのであって、麺がちゃんと冷えていて汁がアツアツであればそれだけで食べる価値があるわけです。なんでそんな単純なことをクリアできない店が多いのでしょうかね。ともかく、ここのつけ麺は、そういうつけ麺としての基本をしっかりと押さえていて、旨い。
ですが、まだまだ季節は寒いので、キンキンに冷えた麺よりはあったかい麺を食いたかったので、今回は汁なしのほうにしました。キンキンに冷えた麺は、水道水が生ぬるくなってしまう夏にこそ食べたいですね。夏にキンキンの麺が食べられたなら、その店はちゃんとしている店だと言えるでしょう。

ここの汁なしの良さは、なんといっても、ぐちゃぐちゃに混ぜずに食べられることです。汁なしとか油そばとかって言うと、韓国のビビンパみたいに、最初にぐちゃぐちゃに混ぜて麺もたれも具材も一緒くたにしてしまってから食べろという指示が店からあります。俺はあれ嫌いなんですね。だって全部まぜちゃったら最初っから最後まで同じ味ばっかりで飽きてしまうでしょう。実際、はなびのアレなんかまさにそうですよね。
しかし、ここの汁なしは、具材が細かくみじん切りにされておらず、素材の形そのままで、ぐちゃぐちゃに混ぜることができません。少しずつ、下から麺を引き出して、具材と一緒に食べ進めることになります。すると、麺の味、たれの味、各具材の味それぞれが一緒くたにならずに、それぞれの原色の味わいを保ち、最後まで変化に富んだ味わい方が出来るのです。これは東片端のデブセブも同じです。なぜ他の店でこういう作り方をしないのか不思議でなりません。こっちのほうが絶対に良いのに。

まあつけ麺にしても汁なしにしても、他の店が抱える諸問題をうまくクリアして、飽きさせない味わいを楽しませてくれるので、この店はわりと好きだったんです、が。




R 汁なし ¥800

ありゃりゃ。しばらく来ない間にずいぶん値上げしちゃったんだなあ。元々は¥750だったっけか。やっぱりさすがに汁なしやつけ麺に800円も出すというのは躊躇します。
それに、写真じゃわからないかもしれませんが、量が少ない。勿論元々東片端なんかに比べると麺の量は少なめで食べやすかったんですが、それでも凡百の汁なしまぜそば屋さんに比べたら食べ応えがある、というのがRの汁なしだったはずです。しかしこれでは凡百の他店と大差ないではないか。こんなんだったらRである必要が無い。
そして極め付けに残念なのは、この肉ですね。以前は分厚く切られたごついチャーシューを角切りにしたような感じで、脂身も適度に入ったナイスな肉だったのですが、なんじゃこりゃ。照り焼きみたいになっちゃっている。具材の肉に、いかにも甘ったるそうなタレを最初っから絡めるのは俺は反対ですね。尤も、肉質が劣るものしか手に入らなくなったから仕方がなく手を加えているのかもしれない。でもそこは、値上げまでしたんだし、なんとか原価を上げてでも頑張って欲しかったなあ。こういう改悪は残念です。
ま、その他の、火を通してないナマのままのもやしとか、目玉焼きとか小松菜とかは前のとおり健在だったので、まあそこは良しでしょう。

どれどれ。底のほうの、たれに浸っているあたりの麺を引きずり出して食べてみると、なるほど、麺は良い。名駅Rらしい太い麺で、あったかい麺ならではのもちもち感が強い。変な言い回しだけど良い意味でゴムみたいな伸びしろがあり、東片端のうどんみたいなコシの強い麺とはまた異なる趣の口当たりである。これはこの店ならではの醍醐味だと言えるだろう。
しかし、タレがいけない。ずいぶん甘ったるい。以前は醤油っ辛さと豚脂の柔らかい甘みと、それと化学調味料の強い味が絶妙なバランスで三つ巴を成していて、他の店にはちょっと真似できない美味しさを醸しだしていたものだが、今日の味はやたらと甘さが強調されて、味の三つ巴を形成していない。これじゃ他の凡庸な店のまぜそばと大差ない。
しかも、タレがやたらと甘ったるいだけじゃなくて、その上に例の、照り焼き風に味付けられた肉が混ざると余計甘ったるさが増す。さらに、細かく粉砕されたカシューナッツ(かな?)の甘みまで加わると、もうこれはまるで、おやつみたいな甘さだね。うすら甘ったるい、という言葉がしっくりくる。
タレに味醂や砂糖を使いすぎなんじゃないのか?確かに、家庭でお惣菜を作るとき、なんだかひと味足りないなあと思ったら思い切って砂糖を入れるとびしっと強い味に決まる、というのはよく言われることだ。だが、これはお惣菜ではなくて、ラーメン、麺類である。主食の一種なのだ。ただでさえ炭水化物主体の食べ物なのにさらに糖分を大量に加えるというのは屋上屋を重ねすぎのようにも感じるのだがどうだろうか。
まあ、尤も、その甘ったるさも、ナマのもやし等の清涼感のある味のおかげで幾分か緩和されるのはさすがにRならではといったところか。こういうのはあまり他店には真似できない発想なんじゃないかなあとは思う。

まあ量が少ないので、食べ終わる前に甘ったるさに飽きる、ということは無かったが、むしろその量の少なさも含めて、なんとも不完全燃焼なもやっとした感じが残ってしまった。これは、俺がRという店に期待するものとは、もはや別のものだ。
まあ、とは言ってもこのように、味の各部分を変えてきて、お客の予想を良くも悪くも裏切るというのはRだけではなくてHGさん系列のお得意技ではあるのだけど、今回の場合は俺の好みからすると、悪いほうに期待を裏切られてしまったなあという感じがする。それを含めての、R、HG系列なのだけど。ここらへんはなんとも複雑な気持ちである。

もちろん、こういう甘ったるいのが好みの人たちも居るだろう。特に名古屋ってのは味噌文化、というよりあの「つけてみそ かけてみそ」のような甘味噌ダレ文化なので、みんな甘ったるいのが好きなんだろうなあ、っては思う。しかし、俺はもう一つの説として、やたらと甘い味付けを好むというのは地域の特徴というだけではなくて、むしろ世代の差の好みの違いも大きいのではないかと思う。
要するにこの、今日のこの店の客層、すなわち大学生から20代前半あたりのこの世代の味覚って、やたらと甘ったるいのが好きなんじゃないのかと思う。ここからは俺の予想だが、彼らは30代以上の世代の人たちと比べても酒を飲まない傾向にあるようだ。おそらく世の中の風潮がそういう方向になっているんじゃないかと思う。酒を常飲する人たちは「辛党」とも言われるようにしょっぱい味や辛い味の食べ物を好む傾向があるのに対して、酒をあまり飲まない、あるいは全く飲まない人たちは甘い食べ物や甘い味付けを好む傾向にある。これは生理的にそうなる根拠があるようだ。すなわち、アルコールも、甘い食べものも、どちらもドーパミンの分泌を促すものなのである。
客層が変わったから彼らに合うような味付けに変えたのか、それとも夜逃げした店主とは別の味を作る店主に代わったから客層もそれに釣られて変わったのか、どちらなのかはよくわからない。だけども、このRの「汁なし」、酒を飲まない、本を読まない、くだらないスマホゲームにばかり熱中の軟弱な若者世代のおこちゃま舌に合わせた、うすら甘ったるい凡庸なラーメンに成り下がっちゃったなあ、というのが正直な感想。はっきり言って、これじゃ他の凡百の汁なしまぜそば屋と大差ない。いや、そりゃあ腐ってもRですから、他店の平均よりは上のほうだと思うけど、でも以前みたいに他店と比べて飛びぬけて優れている、というような印象は全く廃れてしまった。実に残念です。


今日の評価は:★★  2、です。


まあ俺がRに期待するものとはもはや別物になっちまったけど、それでもRならではの良さは端々に生かされているかなあ。


この店は「つけ麺 汁なし専門店」なので、当然のことながらつけ麺を食べているお客も居る。
たまに、いや、しばしば見かけるのだが、せっかくつけ麺を食ってるのに、わざわざ麺を汁にドボンと入れて、ラーメンみたくして食ってる奴がいる。あんな風にしてしまったら、つけ麺の醍醐味である、「麺と汁の温度差」なんて楽しめなくなってしまうでしょう。あれじゃ単なる、ぬるいラーメン、になってしまう。あんな風にして食べるくらいだったらつけ麺じゃなくて最初っからラーメンを頼めばいいのに。最初っからラーメンを頼めばぬるくなって不味くなることもないのに、いったい何を考えてるのでしょうか。
ほらさっき上に出した、女二人連れてチャラチャラいい気になってたヤサ男、あいつがまさにそういう食べ方をしてました。本当にキモチワルイ。くちゃくちゃ音を立てて食べるデブオタクチャラーもキモチワルイけれど、つけ麺を汁にドボンのチャラ男も同じくらいキモチワルイです。俺の周りでそんな食べ方をしないで下さい。
つけ麺は、汁と麺の温度差を保ったまま口に入れないと、良さがわからないのです。そのためには、一口分だけ箸で持ち上げて、麺の下半分だけを汁につけて、温度が平均化しないうちに素早くすするのが定石です。そうすれば、キンキンに冷えた麺と、アツアツの汁の両方が時間差で口の中に入ってきて、温度差を楽しめるのです。そうするのでなければ、わざわざつけ麺を頼んだ意味がありません。
ああいう食べ方する奴が居るから、麺をキンキンに冷やさず、汁もぬるいままの、全然美味しくないつけ麺屋が世にはびこるんじゃないかと思います。もはやそれはつけ麺ではなくて、ぬるいラーメンです。ぬるいラーメンなんて言語道断です。
しかし本当に、つけ麺をああやって食べる奴、このチャラ男に限らずに結構います。俺には全く不可解です。これ読んでる人の中で、「俺はそうやって食べるよ」って人、いましたら、なんでそんな食べ方をするのか、なぜ最初からラーメンを頼まないのか、その理由を教えてください。コメント欄にお願いします。


つけ麺 汁なし R 名駅店
名古屋市中村区竹橋町5-2 マンションすがや1F
11:00~14:00
18:00~23:30
日曜日のみ休業


2017年3月14日火曜日

あけましておめでとうございます

どうも、みなさん、お元気でお過ごしでしょうか?
あけましておめでとう、と言ってももう3月ですけどね。
いやあ、なかなか忙しくて文章を書く時間が取れなかったのですよ。
巷では干されただの警察の圧力がかかっただの云々言われてましたけどね、そういう事情は全くございません。
ただ単に忙しかっただけです。個人的事情なのですが自分は世間一般の方々とはちょっと違って、忙しいときと暇なときの差が激しいのであります。大抵年末というのはアホみたいに忙しくなってしまうもので、ご他聞にもれず昨年もその通りだったのですが、例年だとまあ年明けたらぼちぼち時間が出来るだろうしその時にまたブログ書けばいいかなーと思ってたのですが、あに図らんや、1月が過ぎても2月が過ぎてもなかなか忙しいのが終わらなかったわけなのですね。その間ずっと仕事です。別に俺が特に優秀だから沢山仕事がもらえるというわけじゃなくて、まあたまたまわっと重なったわけです。むしろ俺が仕事が遅いのが敗因なのでしょうね。
てなわけで、やっと少しは時間の余裕ができてきたので、時間に余裕がある時は何かしら書いていこうと思います。
そもそもブログってのはただの趣味なので、一銭にもならない代わりに義務じゃないし締め切りとかもないので、俺の気分がノれば書くし、気がのらなければ書かないだけです。てなわけで、文章を書く時間もない上に気分が乗らなければ、何ヶ月も書かないってこともあるわけです。だからといって別にブログをやめたわけでもやめる予定なわけでもないのです。ましてや、業界から干されたとか警察から注意を受けたなんてことは万に一つもありません。そもそもラーメン業界なんて俺とは全く関わりが無いわけだし、ラーメンブログ業界だって俺は名古屋のラーメンブロガーどもをことごとく軽蔑しているから横のつながりなんか持ちたくもないし、実際何もありません。その他如何なる業界やコミュニティとも一切無関係なので、干されようがないのです。
警察だって、俺はたしかにキモチワルイことを書いているかもしれないけどそれはただ単にキモチワルイだけであって、絶対に法に触れないように注意深く書いているはずだから、もし俺に万が一の見落としがない限り、警察は何も手出し出来ないのです。
しかし俺も念入りに注意深くやっているとはいえ、プロではありませんので(何のプロだよ)、素人が由のcareless mistakeが無いとは限りませんので、もしお気づきの点があればどうぞコメント欄かなんかでご指摘いただけると助かります。
まあでもしかし、今のところは大丈夫なはずです。

俺がいまいち最近ブログを書く気になれなかったのは、時間が無かったのと、もう一つ、酒をやめたからなんじゃないかなあと思ってます。
少し以前まではほぼ毎日、自宅でも外でも酒を飲んでたんですが、ふとこれはムダな時間を過ごしているような気がして、とりあえず今年中くらいは、酒断ちをしてみるのもいいんじゃないかなあと思った次第であります。人生長いのだから、その内の1年くらい酒断ちをしたって、もったいないだなんてことは無いと思います。むしろ何事も試してみるというのが大事ですよね。
しかし、飲んでない時って、意外と何も文章が出てこないんですよね。なぜか知らないけど。
良く考えてみるとやたらとだらだら長文を書くときって決まって一人で飲んでる時なのです。要するに、グチる相手がいる時はいいけれど、一人だと酔った勢いでグチる相手がいないもんだから、しかたないから文章にしてだらだらとグチっているのではないでしょうか。我ながら的確な分析だと思うのですがどうでしょうか。
ほらよく、いや俺なんかは駄文をだらだら書くのはただの趣味だけども、小説家さんとかエッセイストさんとかライターとか、あ、54歳児、あいつもたしかコピーライターとか言ってたなあ、そういう人たちも、飲んだ勢いで文章が書けるとかよく言うじゃないですか。あれってつまり、酒を飲んだ勢いで愚痴りたくなる動機を上手く利用しているんじゃないかなあと思うわけです。酒を飲んでグチる相手がいなければ文章でグチるしかないですからね。そうやって酒の上のグチを文章に変換して、それで上手いことお金を稼いでいるのでしょうね。うらやましいですね。
なんて言うと、彼らがまるでラクな商売だと言ってるように思われるかもしれませんが、単なるグチを、お金を取れるような文章に変換するというのはテクニックが要るわけですし、そのテクニックは誰からも教えられることが無いので基本的には各自で研究して得なければいけないわけで、それはそれで大変な忍耐と努力を必要とするものなんじゃないかなあとは思います。フロイトさんが言う「昇華」ってやつは、性的エネルギー(リビドー)を社会的文化的に有用性のある仕事に変換する事を指していますが、性欲エネルギーだけじゃなくて、酒を飲んだ時のグチりたいエネルギーを、お金を稼げる文章に変換できるってのは、それはそれで才能だと思うのですがどうでしょうか。
まあそういうプロフェッショナルな人たちと俺を比べるのも言語道断な話ですが、ともかく、酒をやめたせいで、グチりたいエネルギーが生じず、結果としてブログの文章を書くための動機がなかなか起きにくい、と、そういうわけなのですね。
酔っ払った勢い以外の、何か他の方法、動機で、ブログを書きたくなるような事は無いのか。
もちろん、ある。それは、あまりにマズイラーメンを食べてしまった時だ。
あまりに酷いラーメンを不幸にも食わせられてしまうと、もはや酒なんかの勢いを借りずとも、誰彼かまわずグチをぶちまけたくなるものです。
今後しばらくはそういう類の記事の割合が、今まで以上に増えるかもしれません。いや今までも多かったけどね。だって名古屋のラーメン、ろくでもないものが多いもん。

まあそういうわけなので、俺はヘタレのまっちゃんとは違うので、ずっと更新してなかったからといってブログをやめるなんてことはありません。かといって、クソオタクブロガーどもみたいに、更新が滞っちゃまずい、何でもいいから書かなくちゃ、と強迫観念に駆られて当たり障りの無いくだらない記事を書き散らすなんてこともしたくありません。俺様のブログなので、俺様の気分がのった時しか書かないのです。気分が乗らない時は何ヶ月も、何年も書かない時があるかもしれませんが、別にやめたわけじゃなくてただ単に気が乗らないだけですからね。悪しからずっ。

まあそれでも、コメント欄に書いてくれた人にずっと返事しなかったのはちょっと心苦しいです。てなわけで、とりあえずコメント公開と返信を今日は書こうと思います。お待たせしてすみませんね。もう亀レス過ぎて見てくれてないかもなあ。ごめんね。


とんこつ