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2017年4月1日土曜日

紫陽花 醤油らぁ麺

俺がブログ書いていない間にも世間のラーメン事情は着実に変化していきます。まあ、絶えず変化するということはその事象が活発であるということの証拠であり、日本有数のラーメン不毛地帯である名古屋にしては、まあ時代的にはまずまずの状況になってきているんじゃないでしょうかね。

俺が最も悲しいと思うのはやはり、なりたけが閉店してしまったことですねー。決して毎日食べたい感じの味ではありませんでしたけど、あのギタギタの背脂まみれのラーメンは、時折ふと急に思い出したように、無性に食べたい欲求に駆られるものです。まるで麻薬中毒患者がモルヒネやヘロインを欲しがるように、強烈な禁断症状に苛まされるのであります。麻薬の場合は、お客の依存度が高まり禁断症状に苛まされるようになるにつれて売人が値段を吊り上げるという手法がしばしば使われますが、なりたけの場合は俺を背脂依存症にするだけしといていきなり忽然と姿を消してしまったので、俺は背脂禁断症状に苛まされるし、なりたけはなりたけで店が無くなってしまったから背脂中毒患者に背脂を売ることも出来ないので、お互いにあまり得をしない状況になってしまいました。せっかくならもうちょっと店を続けて欲しかったです。結構お客入ってたような気がするんだけどねえ。どっかで俺のせいでなりたけが撤退したんだとか言ってる輩もいましたけども、おそらく全くなんの関連も無いと思います。俺も残念に思っているんですから。

その一方で勿論、新しいお店も色々と出来て話題になっていますよね。今トレンドは「つけ麺 舞」なのでしょうか。「生る」も今だに話題に上るようです。「彰庵」(あきらあん、だという説もあったが)はもう古いですかね?元々俺は、あんまりマニア受けばかりして一般人の口に入りづらいラーメンは好きくないのですが、「慈庵」というお店はその最たるものだったわけで、当時から全然興味がありませんでした。なのでその慈庵の劣化版とも言われる彰庵には全くそそられないのです。でもしかし、あまりにガラガラなようだったら可哀想なのでまあそのうち一回くらいは行ってみてもいいかな。
実垂穂」ってのはどうなんだろう。もともと日進の人情屋台でやってた店のようだし。どうせ人情屋台に入ってるような店なんて、酔っ払い客に食べさせるようなしょうもないラーメンでしょう。あるいはそんなイメージがイヤだから独立店舗に移転したっていう説もあるけど、移転したところで味が変わらなきゃしかたがない。人情屋台からの独立っていうと、玉ぐすくという悪い前例もあるのだし(一部では人気だけど俺にはどうしてもあれが美味いと思えない)、どうせ大したことないラーメンなんだろう。と俺は思っていますが、はたしてどうなんでしょう。
豚骨系の旨い新店というのは、やはり聞きませんね。ひかりに匹敵するような重厚な豚骨ラーメンを出す店が新しく出来たら間違いなく繁盛するのに、やはり豚骨はトレンドではないという先入観が強いのでしょうかね。俺に言わせれば、トレンドであろうがなかろうが、すべてのラーメンの中で豚骨ラーメンが一番美味しいのだから、その豚骨ラーメンの中でもとくに美味しいお店を名古屋のアクセサブルな場所に出せば、それだけでまず間違いなくお客が入ると思うんですがね。少なくとも俺は毎日通いますがね。どうして誰もやらないのでしょうか。不思議でなりません。

まあ兎にも角にも栄枯盛衰の激しいラーメンの世界、いかに紫陽花が人気店であろうと、それらの新店のほうに話題が移っている現在、さすがにもう行列も落ち着いて来てるだろうと思って来てみたら、あに図らんや、いまだ相も変わらずの行列。
いや、これでも大分少なくなったほうなのかなあ。以前は曲がり角の向こう側までずらーっと並んでて、ゆうに1時間半は待たされたというから。どうなんでしょう。
しかしそれにしても、わーっと話題になったかと思えばさーっと客が引いてガラガラになってしまうことが多い名古屋のラーメン界において、これだけ継続して行列を作ることが出来るというのは、よっぽど宣伝が上手いのか、それとも名古屋の客が騙されやすいのか、あるいは両方でしょう。
俺も、本当はこんなに並んでたら即、退散するのですが、いやらしいことにこの店、駅から結構歩くのですね。せっかくここまで歩いてきて帰るってのもなんかイヤなので、涙を飲んで並ぶことにしました。俺も大概、店の策略に騙されやすいですね。気づかないうちに名古屋人の悪影響を受けてしまったのでしょうか。ああイヤだ嫌だ。

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巷ではこの店、つけ麺が人気のようですね。醤油つけ麺、濃厚つけ麺、どっちが人気あるのでしょうか。なんとなく濃厚なつけ麺っていうと、マタオマをパクった没個性的なつけ麺を想像してしまいます。大勝軒の例の濃厚つけ麺が良い例(悪い例)ですね。となると紫陽花の個性が出た味は醤油つけ麺ってことになるのでしょうが、同じ味ならつけ麺よりもラーメンのほうが上だと俺は思っているので、醤油らぁ麺のほうにしました。
下のほうに「麺類は、終日大盛り無料」って書いてあるけど、これって逆の言い方をすれば「麺類は量を減らしても安くなりませんよ」ってことですよね。
大盛無料って、一見するとお得なようにも思えますが、よくよく考えてみるとまるで逆なのです。良心的な店なら、あまり食べられない女性や子供のために、量を少なめにしてその分安くしたメニューが用意されているものです。なるとやのハーフサイズのラーメンとか、新谷のチャーシュー1枚とかがそれですね。
もちろん、そのような良心的設定のある店でなくても、麺を減らしても価格は変わりませんがよろしいですか、とちゃんと明言する店はまともな店だといえるでしょう。ら・けいこ系列とか、東京だと二郎なんかがそうですね。
それらからすると、この紫陽花、一見良心的なように見えて、その実まったく逆なのですね。むしろこの表記に気づかずに大盛にし忘れるのを狙っているかのよう。実際には大盛の量のほうがデフォルトで、それで充分儲けが出るのに、わざわざわかりにくい表記をして客に損をさせようとしているとも言えるのです。
こういう店、この紫陽花に限らず、少なからず存在しますよね。特につけ麺屋とかに。俺はこういうの、コスいと思うのですが、どうでしょうか。




醤油らぁ麺 大盛  ¥730

2種類チャーシュー使って、三つ葉なんか乗せちゃって、一見するとオシャレで小奇麗にまとめたラーメンのようにも思うんですが、非白濁系(清湯って言葉をラーメンに使うのは嫌いなのでそう言うことにしてます)にしてはずいぶんと油がぷかぷかと浮かんでいますね。固形の「脂」ではなくすべて液体の「油」ですね。なんだか、おうちで豚バラ肉の角煮を作ったときの残り汁みたいな見た目ですよね。そのままラーメンの汁なんかにしたらやたらとクドそうな気がするのですがどうなのでしょう。

さあて、お味は。
あっ、これは、なるほど、煮物の残り汁の味だ。
煮物といっても、豚バラ肉の角煮ではなくて、どっちかというと、鶏肉と野菜をたくさん使った、いわゆる筑前煮の残り汁の味ですね。がめ煮とも言いますが。
お母さんに作ってもらった美味しい煮物を食べた後、残った汁にご飯を入れて楽しんだという経験はだれにでもあるでしょう。あれにかなり近い味がする。あれにご飯ではなくて、麺を入れたら、これと同じ味になるんじゃないでしょうか。
もちろん、細部では違うところもある。例えば筑前煮によく入っているごぼう、あれはたぶんこのラーメンには入っていないでしょう。それと、こんにゃくも、多分ダシにはあまり影響を与えないだろうから入っていないと思います。だけども、メニュー表にも書いてあるとおり沢山の鶏と、あとは副材料として昆布とか野菜類、キノコ類なども使ってるだろうし、それらを煮込んで、醤油と味醂で作ったタレで味付けしたら、そりゃあおのずと筑前煮によく似た味になるのは至極必然のことだろうと思います。
なるほどこれは、誰かが言ってたとおり、今は亡き「中カソバ まつ子。」と同系統の味だ。確かに俺も、あの「まつ子」のラーメンに対して「おばあちゃんの作った煮物の汁の味」という感想を書いている。もちろん、あっちの味は、戦前戦後あたりに隆盛を極めた、味の素(化学調味料)をふんだんに使ったおばあちゃん世代の味であり、こっちの紫陽花の味は化学調味料よりも素材の味を生かした、お母さん世代の味であるという違いがある。しかしながら、どちらも昔懐かしい子供時代を思い起こさせるような、郷愁に満ちた味という点では、この「紫陽花」の醤油らぁ麺と「中カソバ まつ子」の味は、かなり類似していると言える。

まあ、良くも悪くも家庭的、庶民的な味っていうことでしょう。
見た目はあっさりしていそうなのに、やたらと醤油っ辛くて、味醂由来であろう甘みも強い。それに、表層を覆うほどの鶏の油が浮かんでいて、クドい。これが煮物の汁だったら、こってりして美味しいのであろうが、ラーメンの汁としてはいささか、品がない。
決して洗練された、完成度の高い味などではない。それなのに多くの人がそういう風に思ってしまうのは、この小奇麗に見せかけたヴィジュアルにだまされているからなのであろう。そこらへんも、味よりもイメージ戦略の上手さというのが表立つように思える。アタマの弱い名古屋の客をイメージ戦略でだますことなど、朝飯前なのであろう。

麺は、一言で言えば、細くて固いきしめん。中細ながら、平べったく作ってある。別にとりたててどうという味ではないけれども、名古屋人にとってはこれまた昔から慣れ親しんだ味(というか形状)を思い起こさせるものなのでしょうか。特に汁と絡みやすいとか、そういうのは感じなかったです。話は逸れますけど、平べったい麺といえば、俺はきしめんよりも秋田の稲庭うどんとか、あるいはイタリアのフェットチーネとかのほうが美味しいと思うのですがみなさんはどうでしょうか。

二種類あるうちのチャーシューの、豚のほうは、いわゆるレアチャーシューというやつなのでしょうか。赤みがかってますね。食感はくちゃくちゃぶにょぶにょで、お世辞にも食べていて気持ちの良い食感ではありません。かといって生肉のような野趣も無し。
鶏のほうは、これはもう完全にいわゆる「鶏はむ」ですね。まあ鶏はむとしては出来の良いほうなのかもしれませんが、鶏はむであることには違いありません。所詮2ch発祥の、素人が考案した調理法。自分の家で作るならこれもまた面白いけど、お金出してプロが作ったやつをわざわざ食べても面白くありません。
やたらと汁の味が濃くて煮物ちっくな割には、豚肉のほうにも鶏はむのほうにも、ほとんど味がついていないので、何だか肩透かし。これが煮物であれば、汁と同じようなこくっとした味が肉にも染みこんでいる筈ですが、どうもこの汁のこってり具合と肉の味の薄さのギャップは、アンバランスで違和感を禁じえない。これはもっとマッチングを考え直したほうがいいんじゃないの?

まあ、とはいえ、色々不満な点があるにせよ、全体的には決して嫌いな味というわけではないです。巷で言われているような、洗練された、あるいは完成度の高い味という風には全く思えなかったけど、こっくりとよく素材の旨味が出た煮物のような、庶民的で美味しい味です。俺はラーメンは洗練よりもインパクト、わかりやすさのほうが大事だと思うので、少なくともやたらと細部にこだわった、わかる人にはわかる的な店よりも好感は持てます。
しかしながら、これが昔からやってるような店構えで、俺ん家から近所にあって、あまり混んでなくて、値段も550円くらいだったら俺もお気に入りのお店になってたかもしれないけども、地下鉄乗り継いでわざわざこんな場所までやってきて、1時間近くも並んでようやく食べられる味がこんな珍しくもなんともない庶民的な味なんだから、どうしたって肩透かしを食らったような気分になってしまう。
味自体は庶民的、家庭的なものなのに、見た目だけ小奇麗にしていかにも今流行りのツウの人向けの洗練されたラーメンっていう雰囲気だけを付加して、そして具体的にどんな方法を取ったかは知らないがともかく上手いことイメージ戦略に乗っかってちゃっかり人気店になっちゃったって感じ。
漫画「ラーメン才遊記」の中に出てくる料理研究家の汐見ようこさんは「ラーメンとは、フェイクですね」と言っている。とすると、この紫陽花の醤油らぁ麺、否むしろ、この紫陽花というお店は、フェイクで塗り固められているのだから、ある意味では最もラーメンたるべきものであるとも言える。しかしながら、フェイクで塗り固めたことによって本質以上にイメージが先行し、異常に人気が沸騰し、結果としてお客が長時間待たされてしまうことになるのだ。
Time is money.時は金なり、である。いくらラーメン自体の値段が¥730だとしても、それを食べるために1時間待たされるのであれば、それだけ余計にお金を払ったのと本質的には同じことなのである。何も大企業の重役さんのみに限った話ではない。時給1000円のフリーアルバイターさんであっても、ラーメンを食べるために並んだ1時間の代わりに働いていたとしたら、まるまる1000円もらえていたはずなのである。つまり1時間並んで730円のラーメンを食べるということは、時給1000円の人にとっては1730円のラーメンを食べるということと本質的に同意義なのである。いくらこの紫陽花のラーメンが美味しいとしたって、1730円もの価値があるとはとうてい思えない。しかも、もっと良い給料をもらっている人にとっては、さらに高いラーメンということになってしまうのだ。
巧妙なイメージ戦略によって本質以上に人気を高騰させ、連日大行列を作り、結果としてお客に高コストを強いることになってしまう。こんな店は、やはりお客に優しい店とは言えまい。自己中心的な、エゴイスティックなラーメン店ということになる。そんなラーメン屋には、もう一度行きたいと思うことは到底、出来ない。


今日の評価は:★★ 2、です。


まあ、決してマズいラーメンではないのだけどね。行列に並ぶのが大っ嫌いな俺としては、評価は下がらざるを得ません。
悪しからずっ。


らぁ麺 紫陽花 あじさい
愛知県名古屋市中川区八剱町4-20-1 コーポ源 1F
火曜日~土曜日
11:30~14:30
18:00~21:00
日曜日
11:30~15:00
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日休み)

2017年3月15日水曜日

R アール 名駅西店 汁なし

ご存知、ら・けいこのHGさん系列のつけ麺汁なし専門店ですね。この店も、つけ麺汁なし嫌いの俺がまあ許せる、数少ないつけ麺汁なし店であります。同じラインナップのお店が千種駅にもありますが、微妙に味が違います。どう違うかはその時々によって違いますが、概ね千種よりも名駅西のほうが麺が旨いというのが俺の見解であります。

もうだいぶしばらく、この店に来ていなかったのですね。1年、いや下手すると2年くらい来て無かったかな。いや、昨年一度、知り合いの女性(彼女じゃないよー)と一緒に来てみたのですが、営業日なのに閉まってました。どうしたことか、と後でネットで見たら、どうやら店長が夜逃げしたとかしないとか。もう潰れるのかと思ったけど店長を変えて?まだ続けているみたいですね。
てなわけで、ここのラーメンはもう少なとも1年強以上は、食べていません。ただでさえ味がコロコロ変わるHG系列のお店、もはやどんな味になっているのか、想像もつきません。まるで新しい店に行くときのあの期待感と不安感が入り混じった新鮮な気分で食べることになります。こういう所は、HGさんのやり方は上手いですよね。客に新鮮な気分を失わせない。

店に着くと、ちゃんと明かりがついている。おお、やってるやってる、良かった。
いやしかし、ずいぶん混んでるなあ。座席は満席で、それどころか待ち客が2~3居る。おいおい、ここってこんなに人気店だったっけ?同系列のしゃんがりらはいまだずいぶんとガラガラなんだけど、立地条件にそう大差があるとも思えないのに、この客入りの差はなんなんだ。これ夜逃げ前と比べてもかなり客が増えたんじゃないの。何がどうなってるのだ。
それに、ただ単に客が増えただけじゃない。なんだか客層が、以前と違うようなのだ。ひとことに言えば、ずいぶん若い。若いって言っても、いかにもオタク風情な男性組から、男女入り混じったリア充的な集団まで、様々なジャンルの人種がいる。なんか男一人で女二人連れたいけすかねーヤサ男もいましたね。まあ女っていっても大して可愛くなくて、会話の内容がTOEICがどうたらこうたらとか言ってたからたぶん大学生くらいなんだろけどその割には妙に顔が老けてる(特に真ん中の女)のであんまり羨ましくはないです。
まあともかく、大学生から20代くらいの客が多い。前はこうじゃなかったのに。もっとスーツの中年男性一人客みたいな人も多かった気がするんだけどなあ。何があったんだろうかね。

俺は、ここはつけ麺が特に好きなのですが、なぜかというと、名古屋の凡百のつけ麺屋と違って、きちんと麺はキンキンに冷えていて、汁は豚脂が浮いていてアツアツに熱されているからです。つけ麺の良さはその温度差を楽しむというところに尽きるのであって、麺がちゃんと冷えていて汁がアツアツであればそれだけで食べる価値があるわけです。なんでそんな単純なことをクリアできない店が多いのでしょうかね。ともかく、ここのつけ麺は、そういうつけ麺としての基本をしっかりと押さえていて、旨い。
ですが、まだまだ季節は寒いので、キンキンに冷えた麺よりはあったかい麺を食いたかったので、今回は汁なしのほうにしました。キンキンに冷えた麺は、水道水が生ぬるくなってしまう夏にこそ食べたいですね。夏にキンキンの麺が食べられたなら、その店はちゃんとしている店だと言えるでしょう。

ここの汁なしの良さは、なんといっても、ぐちゃぐちゃに混ぜずに食べられることです。汁なしとか油そばとかって言うと、韓国のビビンパみたいに、最初にぐちゃぐちゃに混ぜて麺もたれも具材も一緒くたにしてしまってから食べろという指示が店からあります。俺はあれ嫌いなんですね。だって全部まぜちゃったら最初っから最後まで同じ味ばっかりで飽きてしまうでしょう。実際、はなびのアレなんかまさにそうですよね。
しかし、ここの汁なしは、具材が細かくみじん切りにされておらず、素材の形そのままで、ぐちゃぐちゃに混ぜることができません。少しずつ、下から麺を引き出して、具材と一緒に食べ進めることになります。すると、麺の味、たれの味、各具材の味それぞれが一緒くたにならずに、それぞれの原色の味わいを保ち、最後まで変化に富んだ味わい方が出来るのです。これは東片端のデブセブも同じです。なぜ他の店でこういう作り方をしないのか不思議でなりません。こっちのほうが絶対に良いのに。

まあつけ麺にしても汁なしにしても、他の店が抱える諸問題をうまくクリアして、飽きさせない味わいを楽しませてくれるので、この店はわりと好きだったんです、が。




R 汁なし ¥800

ありゃりゃ。しばらく来ない間にずいぶん値上げしちゃったんだなあ。元々は¥750だったっけか。やっぱりさすがに汁なしやつけ麺に800円も出すというのは躊躇します。
それに、写真じゃわからないかもしれませんが、量が少ない。勿論元々東片端なんかに比べると麺の量は少なめで食べやすかったんですが、それでも凡百の汁なしまぜそば屋さんに比べたら食べ応えがある、というのがRの汁なしだったはずです。しかしこれでは凡百の他店と大差ないではないか。こんなんだったらRである必要が無い。
そして極め付けに残念なのは、この肉ですね。以前は分厚く切られたごついチャーシューを角切りにしたような感じで、脂身も適度に入ったナイスな肉だったのですが、なんじゃこりゃ。照り焼きみたいになっちゃっている。具材の肉に、いかにも甘ったるそうなタレを最初っから絡めるのは俺は反対ですね。尤も、肉質が劣るものしか手に入らなくなったから仕方がなく手を加えているのかもしれない。でもそこは、値上げまでしたんだし、なんとか原価を上げてでも頑張って欲しかったなあ。こういう改悪は残念です。
ま、その他の、火を通してないナマのままのもやしとか、目玉焼きとか小松菜とかは前のとおり健在だったので、まあそこは良しでしょう。

どれどれ。底のほうの、たれに浸っているあたりの麺を引きずり出して食べてみると、なるほど、麺は良い。名駅Rらしい太い麺で、あったかい麺ならではのもちもち感が強い。変な言い回しだけど良い意味でゴムみたいな伸びしろがあり、東片端のうどんみたいなコシの強い麺とはまた異なる趣の口当たりである。これはこの店ならではの醍醐味だと言えるだろう。
しかし、タレがいけない。ずいぶん甘ったるい。以前は醤油っ辛さと豚脂の柔らかい甘みと、それと化学調味料の強い味が絶妙なバランスで三つ巴を成していて、他の店にはちょっと真似できない美味しさを醸しだしていたものだが、今日の味はやたらと甘さが強調されて、味の三つ巴を形成していない。これじゃ他の凡庸な店のまぜそばと大差ない。
しかも、タレがやたらと甘ったるいだけじゃなくて、その上に例の、照り焼き風に味付けられた肉が混ざると余計甘ったるさが増す。さらに、細かく粉砕されたカシューナッツ(かな?)の甘みまで加わると、もうこれはまるで、おやつみたいな甘さだね。うすら甘ったるい、という言葉がしっくりくる。
タレに味醂や砂糖を使いすぎなんじゃないのか?確かに、家庭でお惣菜を作るとき、なんだかひと味足りないなあと思ったら思い切って砂糖を入れるとびしっと強い味に決まる、というのはよく言われることだ。だが、これはお惣菜ではなくて、ラーメン、麺類である。主食の一種なのだ。ただでさえ炭水化物主体の食べ物なのにさらに糖分を大量に加えるというのは屋上屋を重ねすぎのようにも感じるのだがどうだろうか。
まあ、尤も、その甘ったるさも、ナマのもやし等の清涼感のある味のおかげで幾分か緩和されるのはさすがにRならではといったところか。こういうのはあまり他店には真似できない発想なんじゃないかなあとは思う。

まあ量が少ないので、食べ終わる前に甘ったるさに飽きる、ということは無かったが、むしろその量の少なさも含めて、なんとも不完全燃焼なもやっとした感じが残ってしまった。これは、俺がRという店に期待するものとは、もはや別のものだ。
まあ、とは言ってもこのように、味の各部分を変えてきて、お客の予想を良くも悪くも裏切るというのはRだけではなくてHGさん系列のお得意技ではあるのだけど、今回の場合は俺の好みからすると、悪いほうに期待を裏切られてしまったなあという感じがする。それを含めての、R、HG系列なのだけど。ここらへんはなんとも複雑な気持ちである。

もちろん、こういう甘ったるいのが好みの人たちも居るだろう。特に名古屋ってのは味噌文化、というよりあの「つけてみそ かけてみそ」のような甘味噌ダレ文化なので、みんな甘ったるいのが好きなんだろうなあ、っては思う。しかし、俺はもう一つの説として、やたらと甘い味付けを好むというのは地域の特徴というだけではなくて、むしろ世代の差の好みの違いも大きいのではないかと思う。
要するにこの、今日のこの店の客層、すなわち大学生から20代前半あたりのこの世代の味覚って、やたらと甘ったるいのが好きなんじゃないのかと思う。ここからは俺の予想だが、彼らは30代以上の世代の人たちと比べても酒を飲まない傾向にあるようだ。おそらく世の中の風潮がそういう方向になっているんじゃないかと思う。酒を常飲する人たちは「辛党」とも言われるようにしょっぱい味や辛い味の食べ物を好む傾向があるのに対して、酒をあまり飲まない、あるいは全く飲まない人たちは甘い食べ物や甘い味付けを好む傾向にある。これは生理的にそうなる根拠があるようだ。すなわち、アルコールも、甘い食べものも、どちらもドーパミンの分泌を促すものなのである。
客層が変わったから彼らに合うような味付けに変えたのか、それとも夜逃げした店主とは別の味を作る店主に代わったから客層もそれに釣られて変わったのか、どちらなのかはよくわからない。だけども、このRの「汁なし」、酒を飲まない、本を読まない、くだらないスマホゲームにばかり熱中の軟弱な若者世代のおこちゃま舌に合わせた、うすら甘ったるい凡庸なラーメンに成り下がっちゃったなあ、というのが正直な感想。はっきり言って、これじゃ他の凡百の汁なしまぜそば屋と大差ない。いや、そりゃあ腐ってもRですから、他店の平均よりは上のほうだと思うけど、でも以前みたいに他店と比べて飛びぬけて優れている、というような印象は全く廃れてしまった。実に残念です。


今日の評価は:★★  2、です。


まあ俺がRに期待するものとはもはや別物になっちまったけど、それでもRならではの良さは端々に生かされているかなあ。


この店は「つけ麺 汁なし専門店」なので、当然のことながらつけ麺を食べているお客も居る。
たまに、いや、しばしば見かけるのだが、せっかくつけ麺を食ってるのに、わざわざ麺を汁にドボンと入れて、ラーメンみたくして食ってる奴がいる。あんな風にしてしまったら、つけ麺の醍醐味である、「麺と汁の温度差」なんて楽しめなくなってしまうでしょう。あれじゃ単なる、ぬるいラーメン、になってしまう。あんな風にして食べるくらいだったらつけ麺じゃなくて最初っからラーメンを頼めばいいのに。最初っからラーメンを頼めばぬるくなって不味くなることもないのに、いったい何を考えてるのでしょうか。
ほらさっき上に出した、女二人連れてチャラチャラいい気になってたヤサ男、あいつがまさにそういう食べ方をしてました。本当にキモチワルイ。くちゃくちゃ音を立てて食べるデブオタクチャラーもキモチワルイけれど、つけ麺を汁にドボンのチャラ男も同じくらいキモチワルイです。俺の周りでそんな食べ方をしないで下さい。
つけ麺は、汁と麺の温度差を保ったまま口に入れないと、良さがわからないのです。そのためには、一口分だけ箸で持ち上げて、麺の下半分だけを汁につけて、温度が平均化しないうちに素早くすするのが定石です。そうすれば、キンキンに冷えた麺と、アツアツの汁の両方が時間差で口の中に入ってきて、温度差を楽しめるのです。そうするのでなければ、わざわざつけ麺を頼んだ意味がありません。
ああいう食べ方する奴が居るから、麺をキンキンに冷やさず、汁もぬるいままの、全然美味しくないつけ麺屋が世にはびこるんじゃないかと思います。もはやそれはつけ麺ではなくて、ぬるいラーメンです。ぬるいラーメンなんて言語道断です。
しかし本当に、つけ麺をああやって食べる奴、このチャラ男に限らずに結構います。俺には全く不可解です。これ読んでる人の中で、「俺はそうやって食べるよ」って人、いましたら、なんでそんな食べ方をするのか、なぜ最初からラーメンを頼まないのか、その理由を教えてください。コメント欄にお願いします。


つけ麺 汁なし R 名駅店
名古屋市中村区竹橋町5-2 マンションすがや1F
11:00~14:00
18:00~23:30
日曜日のみ休業


2017年3月14日火曜日

あけましておめでとうございます

どうも、みなさん、お元気でお過ごしでしょうか?
あけましておめでとう、と言ってももう3月ですけどね。
いやあ、なかなか忙しくて文章を書く時間が取れなかったのですよ。
巷では干されただの警察の圧力がかかっただの云々言われてましたけどね、そういう事情は全くございません。
ただ単に忙しかっただけです。個人的事情なのですが自分は世間一般の方々とはちょっと違って、忙しいときと暇なときの差が激しいのであります。大抵年末というのはアホみたいに忙しくなってしまうもので、ご他聞にもれず昨年もその通りだったのですが、例年だとまあ年明けたらぼちぼち時間が出来るだろうしその時にまたブログ書けばいいかなーと思ってたのですが、あに図らんや、1月が過ぎても2月が過ぎてもなかなか忙しいのが終わらなかったわけなのですね。その間ずっと仕事です。別に俺が特に優秀だから沢山仕事がもらえるというわけじゃなくて、まあたまたまわっと重なったわけです。むしろ俺が仕事が遅いのが敗因なのでしょうね。
てなわけで、やっと少しは時間の余裕ができてきたので、時間に余裕がある時は何かしら書いていこうと思います。
そもそもブログってのはただの趣味なので、一銭にもならない代わりに義務じゃないし締め切りとかもないので、俺の気分がノれば書くし、気がのらなければ書かないだけです。てなわけで、文章を書く時間もない上に気分が乗らなければ、何ヶ月も書かないってこともあるわけです。だからといって別にブログをやめたわけでもやめる予定なわけでもないのです。ましてや、業界から干されたとか警察から注意を受けたなんてことは万に一つもありません。そもそもラーメン業界なんて俺とは全く関わりが無いわけだし、ラーメンブログ業界だって俺は名古屋のラーメンブロガーどもをことごとく軽蔑しているから横のつながりなんか持ちたくもないし、実際何もありません。その他如何なる業界やコミュニティとも一切無関係なので、干されようがないのです。
警察だって、俺はたしかにキモチワルイことを書いているかもしれないけどそれはただ単にキモチワルイだけであって、絶対に法に触れないように注意深く書いているはずだから、もし俺に万が一の見落としがない限り、警察は何も手出し出来ないのです。
しかし俺も念入りに注意深くやっているとはいえ、プロではありませんので(何のプロだよ)、素人が由のcareless mistakeが無いとは限りませんので、もしお気づきの点があればどうぞコメント欄かなんかでご指摘いただけると助かります。
まあでもしかし、今のところは大丈夫なはずです。

俺がいまいち最近ブログを書く気になれなかったのは、時間が無かったのと、もう一つ、酒をやめたからなんじゃないかなあと思ってます。
少し以前まではほぼ毎日、自宅でも外でも酒を飲んでたんですが、ふとこれはムダな時間を過ごしているような気がして、とりあえず今年中くらいは、酒断ちをしてみるのもいいんじゃないかなあと思った次第であります。人生長いのだから、その内の1年くらい酒断ちをしたって、もったいないだなんてことは無いと思います。むしろ何事も試してみるというのが大事ですよね。
しかし、飲んでない時って、意外と何も文章が出てこないんですよね。なぜか知らないけど。
良く考えてみるとやたらとだらだら長文を書くときって決まって一人で飲んでる時なのです。要するに、グチる相手がいる時はいいけれど、一人だと酔った勢いでグチる相手がいないもんだから、しかたないから文章にしてだらだらとグチっているのではないでしょうか。我ながら的確な分析だと思うのですがどうでしょうか。
ほらよく、いや俺なんかは駄文をだらだら書くのはただの趣味だけども、小説家さんとかエッセイストさんとかライターとか、あ、54歳児、あいつもたしかコピーライターとか言ってたなあ、そういう人たちも、飲んだ勢いで文章が書けるとかよく言うじゃないですか。あれってつまり、酒を飲んだ勢いで愚痴りたくなる動機を上手く利用しているんじゃないかなあと思うわけです。酒を飲んでグチる相手がいなければ文章でグチるしかないですからね。そうやって酒の上のグチを文章に変換して、それで上手いことお金を稼いでいるのでしょうね。うらやましいですね。
なんて言うと、彼らがまるでラクな商売だと言ってるように思われるかもしれませんが、単なるグチを、お金を取れるような文章に変換するというのはテクニックが要るわけですし、そのテクニックは誰からも教えられることが無いので基本的には各自で研究して得なければいけないわけで、それはそれで大変な忍耐と努力を必要とするものなんじゃないかなあとは思います。フロイトさんが言う「昇華」ってやつは、性的エネルギー(リビドー)を社会的文化的に有用性のある仕事に変換する事を指していますが、性欲エネルギーだけじゃなくて、酒を飲んだ時のグチりたいエネルギーを、お金を稼げる文章に変換できるってのは、それはそれで才能だと思うのですがどうでしょうか。
まあそういうプロフェッショナルな人たちと俺を比べるのも言語道断な話ですが、ともかく、酒をやめたせいで、グチりたいエネルギーが生じず、結果としてブログの文章を書くための動機がなかなか起きにくい、と、そういうわけなのですね。
酔っ払った勢い以外の、何か他の方法、動機で、ブログを書きたくなるような事は無いのか。
もちろん、ある。それは、あまりにマズイラーメンを食べてしまった時だ。
あまりに酷いラーメンを不幸にも食わせられてしまうと、もはや酒なんかの勢いを借りずとも、誰彼かまわずグチをぶちまけたくなるものです。
今後しばらくはそういう類の記事の割合が、今まで以上に増えるかもしれません。いや今までも多かったけどね。だって名古屋のラーメン、ろくでもないものが多いもん。

まあそういうわけなので、俺はヘタレのまっちゃんとは違うので、ずっと更新してなかったからといってブログをやめるなんてことはありません。かといって、クソオタクブロガーどもみたいに、更新が滞っちゃまずい、何でもいいから書かなくちゃ、と強迫観念に駆られて当たり障りの無いくだらない記事を書き散らすなんてこともしたくありません。俺様のブログなので、俺様の気分がのった時しか書かないのです。気分が乗らない時は何ヶ月も、何年も書かない時があるかもしれませんが、別にやめたわけじゃなくてただ単に気が乗らないだけですからね。悪しからずっ。

まあそれでも、コメント欄に書いてくれた人にずっと返事しなかったのはちょっと心苦しいです。てなわけで、とりあえずコメント公開と返信を今日は書こうと思います。お待たせしてすみませんね。もう亀レス過ぎて見てくれてないかもなあ。ごめんね。


とんこつ